連絡先
日本女子大学文学部史学科
北村暁夫研究室
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研究成果

2012年度

7月7日:第1回研究会

報告者
・平野奈津恵:北フランス炭鉱都市におけるベルギー移民-国勢調査原簿からみる移動の実態とその論理
19世紀半ばから20世紀初頭にかけて、ベルギーから北フランスの炭鉱都市ランスに移動した炭鉱夫とレンガ工を比較検討し、炭鉱夫が基本的にワロン地方の炭鉱地帯の出身で長期滞在の傾向があったのに対し、レンガ工はフランドル地方の農村出身で季節移動的な性格が強かったことを指摘した。そのうえで、1849年に設立されたランス炭鉱会社は労働者向けに整然とした住宅群を建設しているが、ベルギー人炭鉱夫の移動を動機づけたひとつの要因として、本国よりも優れた住環境の提供があるのではないかとの仮説を提示した。

・北村暁夫:1908年メッシーナ大震災とシチリア移民の移動の論理
20世紀に入ってシチリアからの移民が爆発的に増大するなかで、島の東部に位置するメッシーナ周辺で1908年12月に大地震が発生した。この大地震が移民の流れにどのような影響を与えたのかについて人口動態の分析を通じて考察したところ、震災の前後で移民数には大きな変化はなかった一方、メッシーナ市の人口は一説に10万人ともされる犠牲者を出したにも関わらず、わずかな減少にとどまっていることから、メッシーナ市が周辺農村からの人口を吸収したために、国外への移民が結果的に抑制されたという仮説が得られた。

2011年度

7月9日:第1回研究会

参加者全員が今後の研究テーマに関してブリーフィングを行った。

12月10日:第2回研究会

報告者
・青木恭子:帝政ロシアの移住と植民 -移動する論理、移動させる論理
ロシア農民の「シベリア移住」に関しては、一般に流布するイメージがきわめて暗いのに対して、実際には当局が移動を煽ったり強制したりした事実はなく、農民自身に移住志向があったことを指摘したうえで、具体的な移動の論理に関して、19世紀末から20世紀初頭に残された膨大な統計資料を整理することにより、送り出し地域と入植先の地域との相関、移動の時期などを分析した。その結果、入植地の確保のために先遣された人々(「先乗り」)が果たした重要な役割や、入植先は送り出し地域と気候風土の似通った場所が好まれたことなどが明らかにされた。

・田中ひかる:アナーキスト赤十字による活動 1905-1920年 -国境を超えるユダヤ系アナーキスト
人はなぜアナーキストになるのかという問いを立てた際に、しばしば移動という経験を通じてアナーキストになっていく事例が多いことに着目し、ロシア革命前後にロシア出身でアメリカ合衆国においてアナーキストとして活動して人々が、ロシアで政治犯として収監されていた人々を救済するために組織したアナーキスト赤十字と呼ばれる組織の参加者とその具体的な活動について分析した。その結果、アメリカのアナーキストたちは「根なし草的な存在uproote」であるという一般的な理解が、必ずしも妥当せず、彼らは定住を志向しながらも出身地の人々とネットワークを維持し続けていたことが明らかにされた。